「KinKi Kids Concert 20.2.21 ~Everything happens for a reason~」に参加した

年末、年始に東京・大阪両ドームで開催された「KinKi KidsKinKi Kids Concert 20.2.21~Everything happens for a reason~」の12/17、12/31、1/1公演に参加した。昨年から東京ドームが12月の半ば、年始が大阪ドームで開催されるので、年末年始、関西にある実家に帰省する私は両ドームに参加できるようになったのだ。

まずは東京ドームの2日目、12/17の公演について。前日の公演内容はチラチラとTwitterのタイムラインに流れてきたモノの、そんなにチェックする程ではなかったが、唯一、後半がかなり辛そうだったいうことを把握した。「もし出られなくなっても仕方ないかな」と思いつつ、開場時間になっても、そういうメールは来なかったので、「今日も大丈夫なんだ」という思いでいざ、東京ドームに。

堂本剛さんの歌唱復帰現場となったドリームフェスティバルにも参加したため、ご本人の「意外に歌えた」という言葉以上に、ヘッドホンを付けていなければわからないほどの歌声を聞かせてもらっていたので歌うことに対してそう不安はなかった。でもその時は2曲ごとにMCを挟んでいて、コンサートのように次々続けて歌うことはないし、なんといっても東京ドームは、箱が大きい。音量も当然大きくなる。反響もある。ずっと片耳で音を取って歌い続けるのは大変だろうなとすごく負担があるだろうなと思っていたので、今回も光一さんのソロコーナーがあればいいなと思っていた。が、剛さんのソロコーナーがあるとは思わなかった。もし剛さんのソロコーナーがなかったとしても、誰も文句は言わなかったように思う。まあ、ジャニーズ的というかKinKi Kidsスタッフ的に1人だけソロありでもう一人はなしという選択肢はないのかもしれないけど。

座席はスタンド1階の3塁側。かなりサイドからステージを観る感じ。オーケストラの荘厳な雰囲気の中でコンサートは粛々と始まった。セットリストなどはいろんな人が挙げていると思うので、割愛する。

ソロコーナーは光一さんはアンプを入れた通常のスタイル。私は一度しか光一さんソロコン(Spiral)に参加したことがないので、3曲目の「愛の十字架 ~Promise 2U~」は初めてだったような気がする。そのソロコンに参加したとき勉強したのはアルバム「Spiral」だけだったので、実は暁もこのコンサートで2度目。なので途中、英語詩が出てきたとき、「えっ、次の曲に行ったの」と一瞬、思ったりした。2曲目のSHOCK!は他2曲よりやや激しい振り付けなので、ヘッドセットマイクを付けてのパフォーマンス。ただ、このマイクの性能がよろしくないのか、それまでのマイクより声がべたっとしているというのか(歌い出し部分。エフェクトかけていたらすみません)、立体的に聞こえなかったのと、その後、振り付けが激しい部分の歌声がかなりバックバンドにかき消されていたのが残念だった。あれだけの振り付けだとガチで歌うのは難しすぎるよね。今回のラインナップより、前回の方がよかったかな。光一さんはロックな曲をシャウト気味に歌うのが似合うと思っているので。

一方の剛さんソロは2曲で1曲は歌はなく、インストに合わせて心情を表したような踊り。コンテンポラリーダンスに近い感じ。踊るとは思っていなかったので、ビックリしたけど、「リズム感も損なわれていない」と安心した。2曲目の「これだけの日を跨いで来たのだから」。昨年のツアーでも歌わなかった自身のソロワーク曲を歌うとは、、これにも驚いた。歌い方はこれまで何度か聞いたときとまったく違うパフォーマンスだったと思う。だけど、フェイクも入っていたし、歌う事、音楽をすることを諦めることのない情熱を感じることができた。

夏のパーティで光一さんと堂島さんが「2番以降はららら」で披露した「Topaz Love」もフルで聞くことができた。やっぱりそのときも思ったが、堂島さん成分が多分に入っている楽曲だと思う。20周年、7年ぶりのKinKi Kids二人の共作にするのは、販促的な面から考えても理想的だし、編曲者が堂島さんなので問題もないということだろう。

とにかく座って堪能できる豪華なコンサートだったのは間違いない。全編オーケストラとは言うモノの、ソロコーナーが終わって以降は、そんなに通常のKinKi Kidsコンサートと変わらない音色だったような気がする。ただ、座席の位置もあり、わりと静かな曲だとディレイスピーカーからの音が右から聞こえるので、その2重感が少し残念だった。ラインアレイでは難しいのかな~? やっぱり左と右で聞こえる音がずれるのは多少、気持ち悪いなと思った。

一方、京セラドームで行われたカウントダウン公演はスタンド1階のセンター、1/1公演はアリーナC3ブロック。いずれも音が二重に聞こえることなく、快適だったように思う。カウントダウン公演はなんといっても、光一さんが絶好調というか、おそらく光一さんにとってゴールデンタイムだったこと、大阪という地元感アフレル場所だったからか、やたらはしゃいでいた印象だった。剛さんが雑誌で明かしていた「大きな子ども」という表現がぴったりハマっていたように思う。剛さんが記事で言っていた大きな子どもは、おそらくコンサートで感じた本当の「大きな子ども」ではないとは思うけど。何かモノを作るときは、「子ども」同様、多少強引なやり方で周りを巻き込んでいくことが大事になるからだ。そう言う意味で、光一さんが頭でっかちにならず大きな子どもになったからこそ、Topaz Loveは新曲として世に放たれることになったんだと思う。

カウントダウン公演、1/1公演では、剛さんソロ「これだけの日を跨いで来たのだから」は、東京ドームの感情そのままの荒削りな状態から、これまでのソロでのパフォーマンスに近い状態に近い歌い方に変わっていた。その進化にもびっくりした。一方の光一さんソロは損をしたなと思う。光一さんソロが先、剛さんソロが後という構成になったのは、耳のインターバルを考えてのことだそうだ。非難する時間のためと言っていたが、そういうことだろう。ショーアップされた光一さんソロは、やはりKinKiコンと性質が似ているので、それまでと変化を感じにくく、圧倒的な世界という感じがしない。一方の剛さんソロは、KinKiコンとは異なり、剛さん一人が強調された世界となっており、光一さんのショーアップされた世界とはまったく異次元空間に入ったようになったからだ。おそらく剛さんを先にしていたら、光一さんのショーアップされた世界がもっと際立ったかもしれない。が、その後に続く、硝子の少年からの後半戦と違和感なく続いていくので、、確かにその構成も今一つかも。そう考えると、光一さん先で正解だったのか。

今回、1/1公演のKinKi KidsのMCでの不協和音で、またアンチ的な人がざわざわしているが、どっちもどっちだったような気がする。「ソロをしたいっていうから、いいですよといって~」と剛さんののんびり口調でいっていたが、剛さん的にはやはり、KinKiコンにソロはあまり入れたくないんだなという印象があった。でも光一さんも剛さんのために設けたコーナーなのに、ソロがしたい風に言われ納得がいかなかったのか、「ソロがしたい風に言ってるけど、耳のためにインターバルを設けた方がいいということから」という言葉に、剛さんもかなりむっとしたんだと思う。というのもスタッフは剛さんに耳のためのインターバルではなく、光一さんがソロを入れたいと言っている伝えていたから。オーケストラ構成にしたのは、剛さんの耳を慮ったためで、ここでも譲歩してもらっている。さらに自分の耳のためにと言われると、「自分に聞いてくれればほかの方法も提案した」と思っても仕方がない。でも光一さんとしても音楽を視覚化することにこだわる場面も欲しかったのではないだろうか。パフォーマンスも楽しそうにしていたし。1/1の公演では、オーケストラの方にカルメンを弾いてもらい、それをふぉ~ゆ~の松崎さんに指揮をさせるという無茶ぶりも。光一さんソロがなかったらふぉ~ゆ~だってつく必要はなかったような気がするので、こんな場面も見られなかったような気がする。

そこで終わればよかったのに、その後の光一さんの「1人でテレビに出たとき俺がどれだけ大変・・・」と言ったところで、剛さんが間髪いれず「電話したやん。長ちゃんにも、そのほかの(松潤、相葉ちゃん)にも・・」と続き、二人の小競り合いは発展。光一さんは剛さんに感謝を求めたのではないかもしれないが、剛さん的には光一さんに感謝しているのにその気持ちがまったく届いていないように思えたのか、「俺がお前に感謝していなかったら、うんこ以下やん」という言葉に。しかし最後は「もうお前のプレゼント言うわ。うんこドリルセット(すごろく)やから」というオチで終わったところはよかったかもしれない。とはいえ、どちらもまだまだKinKi Kidsというプロジェクトに熱情を持っており、人間臭い一面もあるんだなということがわかった一幕だった。

ソロ後の後半戦で剛さんは、聞こえているはずの右耳を触ることが増えて、少し心配した(耳の穴に指を入れているシーンが何度もあったような)。これは一緒に入った妹も言っていたことだ。コンサートが終わってだいぶ経つので、回復しているといいなと思う。

ちょうどKinKi Kidsのコンサートに参加する少し前に、インクルーシブデザインに関する話についてまとめていたということもある。インクルーシブデザインとは高齢者や障がい者など、デザインプロセスから排除されていた人々を初期段階から巻き込んで一緒に考えていくデザインの方法である。除外対象者とは健康や肉体的なハンディキャップを抱えている人だけではない。子どもを抱っこして両手が塞がっている人なども含まれるという。除外とは何かそれを理解すことから始まり、次に共感から学ぶ事だという。目が見えない人や耳の聞こえない人と共感するには、単に目隠しをしたり耳栓をするということだけでは間違いだと言っていた。剛さんの難聴は左耳をふさいでみるだけでは、その除外の気持ちを共感できないということだ。新聞で語られた孤独だったという気持ちは、こういうところからきているのではないだろうかと思う。

なぜ、あんなにフォローされて孤独だというのか、というような声もあったが、あまり剛さんの耳のためにということが強調されると、本人にとってそれは阻害や除外につながることもある。だから、耳のインターバルのためと言うことであるなら、剛さんのいる場でもスタッフは忖度することなく、そう明言すべきだったと思う。阻害や除外は孤独を生む。KinKi Kidsコンサートは大きなプロジェクトなので、スタッフ共々本音で語り合うこと難しいことも多いのかもしれないが。

今年はどんな1年になるのか。まずは剛さんの聴力が少しでも改善されること。そして二人とも自分のやりたいことができる1年になれば良いなと思う。そして私たちファンはその表現を楽しみたいと思う。 

堂本剛独演会「小喜利の私」10/31に参加した

堂本剛さんがたった1人で大喜利をするイベント「小喜利の私」。何度開催しても第24回の同イベントの10月31日の公演が当たったので、行ってきた。

Twitterではネガティブな部分ばかりがフィーチャーされ、楽しかった気持ちがどんどんマイナス方向へと引きずられがちだが、そんなみんながざわざわとするある意味、思い出深い公演に参加できてよかったと思う。だって、本当にそれがどうだったのか、判断できるのは参加した人間のみ。だから外野でざわざわ言っている人の品格を見ることもできるからだ。アンチの妄言が生まれる過程もリアルタイムで把握できるというおまけもついている。

率直に言ってその日の小喜利は大喜利は少なかったモノの、全体的に楽しかった。これは否定できない事実だ。すごく満足して楽しい雰囲気のまま会場を後にしたからだ。もちろん、例のコントは最初、戸惑って、「え~」という声を上げた。しかし自分の中で一つの設定をつくった。これは50年とか60年後の想定した未来コントだと。そうすると印象も変わる。軍団が一人ずつ例の剛さんの声真似(似てない)で、光一さんあるある的な文言(プロテインは入れるから、ブログは年1回の更新とか、KinKiファンしか知らないような小ネタ)を言っていくとというコント。そして最後はうるさいわ的な感じで生き返るというオチ。あぁ、ずっとKinKi Kidsでお互い相方なんだって思えた。

もちろん、観客を戸惑わせ、変な空気感にしたネタを選んだのは失敗だったと思う。きっと彼らの常識とファンの常識が違ったのだろう。悪意があったとは思えない。ファンが集まっている舞台で悪意を持ったコントを展開する意味がないからだ。ファンの常識は、一般の人とは違う。一般の人ならなんとも思わないことでも過剰に反応する。例えば今回のネタの対象者についてはなおさらだ。私も「アンチが知ると面倒くさいことになりそう」って思った。この時点で一般の人との感覚が違う。でもそういう気持ちってフラットではない。そこでその気持ちを追い払って、先のような設定をしてコントを見ることにしたのだ。

そのときの嫌悪が入り交じった空気感は剛さんはもちろん、斎藤さんはじめ軍団の人たちもひしひしと感じていたと思う。だからこそ、剛さんはその後の寸劇に軍団の人たちを招いたのだと思う。ネガティブな印象で終わらせたくないと。1本目では剛さん自身もぐだぐだになったので、もう1本、裏方にいるお題の作家さんにお願いしてお題を出してもらった。住職とのラブストーリーの寸劇では、軍団の1人がカナダの令嬢役の剛さんの元カレになって、セグウェイを乗るのが下手すぎる小芝居を展開したり、またその元カレの彼女役になったりして寸劇を盛り上げようと一生懸命だった。そういう姿を見て、マイナスの印象をプラスに変えて終わることができたのに。そういう場を即座につくる剛さんの底力を観られたのは、ファンとしてはおいしい場面だったと思う。

天声の斎藤さんや軍団の人がはけてからの話では、一般的なことに置き換えながら、次の様なことを切々と訴えていた。

コントや歌の中で繰り広げている世界はそれ自体がフィクション。リアルではないということ。そしてその公演は最初から最後までが一つのパッケージであり、作品。だからその全体で判断して欲しい。たとえその中で嫌いなことがあったとしても、そこだけを取り上げてフィーチャーしてしまうと、見てもない人がそこを切り取って増幅させるので、ネガティブな声がより大きくなってしまうと。笑う行為は人間だけの行為。それを生み出す芸人さんを尊敬している。その人たちが真剣に考えたネタに好き嫌いはあっても、否定はしたくない。嫌いなら自分がそれを見なければいいだけ。選択権はユーザーにあると。

普段ホワホワしている剛さんとは違い、その姿は38歳のできる社会人そのもの。すごく信念を持った姿に圧倒された。KinKi Kidsというか、デビューして20年以上、芸能界のトップにいる人たちはやっぱり地頭がいい。覚悟もある。生半可な気持ちで芸能に携わっていない。

最近、特にうるさくなっている表現に関することについても、「あまりうるさくしすぎると何もできなくなる」と。ざわざわしている人は何をしてほしいのか。謝罪を要求するほどのことなのか。何も見ていない人に対して何を謝罪するのか。謝罪を要求するのであれば、即興が売り物の小喜利イベントなど辞めてしまえば良いと言うことになる。筋書きがないので今後もこういうことがまったく起こらないとは言えないからだ。

この最後の話を聞いても、書き込んだ人は頭が悪いと思う。何も口を閉ざせと言っているのでは無い。不特定多数が観るTwitterという公の場で、拡散する必要がないということ。自分が応援しているタレントの足を引っ張る行為をする意味がわからない。文句を言いたいのであれば、手紙にして直接、届ければよい。

本当にそのコントがいじめだと、悪だと言うのであれば、そのコントを邪魔せずに観た私たち観客も同罪だ。嫌なモノを見せられた被害者ではないことを認識すべきだ。そして外野でざわざわしている人たちは、楽しかったねと会場を後にした私たちも悪だ、罪だととがめればよい。

だが観てもない、その空気感を体感していない外部の人たちが罪だと責め、謝れという。そんな権利あるのだろうか。不思議で仕方ない。

私は本当に10月31日の「小喜利の私」を楽しんだ。剛さんの可愛いところはもちろん、縦ロールの髪の毛なのにリーダーシップを発揮する姿などが存分に観られた。斎藤さんも緊張しながらも精一杯頑張っていた。この回を体感できたことに満足している。

SUMMER SONIC 2017 東京会場19日に参加した

サマソニ東京19日に参加した。会場はZOZOマリンスタジアム幕張メッセ幕張メッセはITのイベントで出かけることはあるが、フェスでは初めて。しかも前日、帰省先から夜中に戻ってきたので、寝不足のまま目的地まで出かけた。

元々は堂本剛さん目的で取ったチケット。でも19日のラインナップをよくよく見ると、他にも聞きたい人がいたのと、せっかく楽しみにしていた夏休みのイベントだったので、チケットを手放すことをせずに参加したのだ。

私が聞きたい人たちは午後から夕方にかけてだったので、お昼に幕張に出かけた。その時間帯も続々と京葉線から人が降りてくるので、駅のトイレは長蛇の列。並ぶのが面倒くさかったので、駅そばにあるアウトレットのトイレを借りることにした。並ぶ人はおらず、すぐにトイレを使うことが出来たし、何しろショッピングモールのトイレなので、駅のトイレと比べてもきれいというのが良い。マリーンズのモニュメント近くで友達と待ち合わせて、いざ、マリンスタジアムへ。

マリンスタジアムは野球観戦でも訪れたことはない。交流戦で行ってみたいなと思いながらも機会がなかった。フェスで来ることになろうとは。

まず、向かったのはビーチステージへ。ちょうどたこやきレインボーwithなにわんダーたこ紅バンドのパフォーマンスが終わりに差し掛かるところだった頃。あまりの暑さとビーチステージの開放感にまずは乾杯をすることに。私はあまり飲めないので、お昼間からカンパリオレンジをチョイス。ビーチで飲むカンパリオレンジは、おいしかった。その後、大森靖子さんのパフォーマンスをちらりと見て、マリンステージに移動。CLさんのパフォーマンスを途中から見た。マリンステージ(マリンスタジアム)は、かなりのキャパシティ。前方のアリーナは詰まっていたが、後方はガラガラ、スタンド席もまばらなので、剛さんでもアリーナ後方はつまらないだろうなと思った。。

でその後、アイランドステージに移動。ランチを食べながらそこでのパフォーマンスを堪能。プログラムを見るとDAY6という韓国のボーイズバンド。ラップが多用されていた感じ。

ランチを食べた後は、またまたマリンスタジアムに移動し、UVERworldの登場を待った。CLのときよりは詰まっていたけど、それでもマリンスタジアムは広かった。UVERworldの爆音がなぜか心地よく、私はいつの間にか爆睡。で途中で起きたときにはエレファントカシマシのパフォーマンス時間が近づいていたので、マウンテンステージへ移動した。マウンテンステージは幕張メッセの中にある会場なので、移動に時間がかかる。のんびりと歩きながら、幕張メッセを目指した。エレファントカシマシ、ヴォーカルの宮本さんは1曲目で飛ばしすぎて、ちょっと声がガラガラに。MCもテレビで見かける宮本さんそのままで、すごく楽しかった。で次に登場したのがSuchmos。これも興味のあるバンドだったので、会場後ろの方で鑑賞することに。というのも最後まで効いていると、ビーチステージで行われる東京スカパラダイスオーケストラのパフォーマンスに間に合わないからだ。途中で抜けたモノの、なんとスカパラのパフォーマンスに遅れてしまうという失態。おそらく2曲ぐらいは聞きのがしたのではと思う。でもスカパラのパフォーマンスは思っていた以上に楽しくて、何よりビーチステージがスカパラの音楽にもマッチして、本当に楽しかった。踊っている人も多く、、、音楽を楽しんでいるという雰囲気がいちばん、伝わってきたステージだったと思う。

と、実はCLのくだりまでを1カ月ぐらい前に書いていたのだが、その後、本業が忙しくなって書けなかった。なので、勢いもなくなり、、、途中、残念な感想文になっていると思う。

本命はいなかったけど、楽しめたサマソニ。チケット代は値段だけみると安くはないが、さまざまな音楽を楽しめることを考えると高くはない。むしろ安いかもしれない。

サマソニ参加で私の夏休みは終わった感じ。サマソニでも活躍したリュックは、今、仕事で使っている。こうやって今まで知らなかったアーティストの音楽を楽しむと、やはり堂本剛さんにも何かのフェスのステージに立ってもらいたいと思う。そこで今まで堂本剛さんの音楽を知らなかった人に触れてもらいたい。賛否さまざまな意見が出るだろうが、彼の音楽がより広がるきっかけになると思うので。

ファンをするって大変なことなんだ

私は数年前からKinKi Kids堂本剛さんのファンだ。きっかけは2008年のシングル曲「Secret Code」のMVを観たことだ。なんとKinKi Kidsのバックを務めているのは、東京スカパラダイスオーケストラ! それに驚き、これは実際に歌っている姿を見てみたいと思ったのだ。

それ以前にも、実はKinKi Kidsというか堂本剛さんの歌声が好きだったりした。あまり意識はしなかったが、たまにKinKi Kidsのアルバムをレンタルして、ドライブのBGMにしたりしていた。とはいえ、自分でCDやライブDVDを購入までしたいという気持ちにはなかなかならなかったのに。。

ライブDVDでSecret Codeを歌っている姿を観てみたい。検索してみると、あるファンのブログを発見した。その人はデビュー前からのKinKi Kidsのファンで、すごく面白い視点でコンサートのレポをしていたのだ。しかもMCも面白いという。それは聞いてみたいと思い、ネットでKinKi KidsのライブDVD「KinKi you DVD」を購入した(当時はまだBlu-ray版が出ていなかった)。

おそらくそのDVDを購入したのは2009年末か2010年初頭だったと思う。発売されてから大分経ってから購入したので。でそれが非常に気に入った私は、2010年8月11日に発売された「KinKi Kids concert tour J」はテレビでCMを観て、あまりにもいかがわしい雰囲気の剛さんに惹かれて予約して購入したのだ。

だけど、コンサートに行けるような勇気はなかった。KinKi Kidsはジャニーズ。「ジャニオタ=ちょっとヤバイ女子」という認識だったのだ。

2011年に東日本大震災が起こり、ジャニーズのライブもいくつかなくなったように思う。2011年9月16日~18日、東北3都市で堂本剛さんのソロライブ「十人十色」が開催されることを知った。堂本剛さんの音楽はFUNKだということを知っていたので、「これなら私も参加できる」と思い、東北にお金を落とす意味も込めて、当時は一般でも抽選申込みができたJ-ticketで申込みをしたのだ。私が申し込んだのは9月18日の奥州市民文化会館Zホールでの公演。実はゴールデンウィーク前、被災地の取材を兼ねた視察旅行に出かけていたのだ。それからまた3カ月経った被災地の様子を見たいという気持ちもあった。そして何より長年、訪ねたいと思っていた平泉にも寄りたいと思ったいたこともある。

当選してから剛さんのライブDVDをネットでいくつか購入して、本番に備えた。「セッションが長い」ということも頭に入れていざ、現地に向かった。

感想は「セッションが楽しい」のひと言。そして「また参加したい!」と思ったのだ。きっとそのときから堂本剛さんのファンになったのだと思う。

翌年、KinKi Kidsのファンクラブに入会。12年は剛さんソロの「shamanippon ship」でのライブに1回、平安神宮ライブにも参加した。そして12月には京セラドーム大阪で開催された「KinKi Kids Concert Thank you for 15 years 2012-2013」に参加した。これ以降、KinKi Kidsのコンサートは毎年参加している。

とまあ、こんな参加歴をつらつらと書いてきたが、今年、私はPartyの後、サマソニ東京と平安神宮ライブに参加予定だった。いけるのであればイナズマロックフェスにも参加したいとさえ思っていたほど。でもサマソニは8月1日に、平安神宮は昨日、公演見送りが発表された。

剛さん本人の無念さはいかばかりだろう。それを思うとすごく悲しい。治療法が確立していない今、治る保証なんてまったくない。暗闇の中を手探りで進んでいる状況かもしれない。

だからこそやるせない。ファンになることって楽しいことばかりだと思っていた。でもファンになるってことは、大変なこともたくさんあるんだって気付かされた。自分がこんなに誰かのことを思い煩うことがあるなんて思いもしなかった。

これまで、私の好きなものは城や戦国武将など歴史である。例えば織田信長がすごく好きでも歴史は変わらない。嘆いても本能寺の変はなくならない。たまに大河ドラマなどで織田信長役を務める役者を観て、「私の織田信長像と雰囲気が違う」と思うぐらいだった。でも現実に同じ時代を生きている人のファンをすると、その人が病気になるとやはり悲しく、心がざわざわとしてしまう。

本当に私は堂本剛さんのファンなんだなと思った。もちろん、KinKi Kidsも大好きでKinKi Kidsのファンでもある。

とりとめのないことを書いたが、とにかくこれからもずっと堂本剛さんとKinKi Kidsを応援していきたい。

あと、最近、新聞の報道などで発症日時が書かれていなくなったのは日テレのZEROの影響だと思われる。ドラマの撮影中に起こった体調不良なので、、余りその辺に触れたくはなかったのではないだろうか。あとネットニュースなどで「ある芸能関係者」によるとというような表現をする場合は、ほぼ作り話なのでカリカリしないことが重要だ。誰かが言っていた風に書くと、それが事実でなくても責任は問われないからだ。

某関係者などという表記をしたとたん、記事全体の信憑性がなくなる。信憑性なんてどうでもよくて、20周年、そして銀魂でも話題になっていることで、ゴシップを流していたら読む人もいるだろうという下世話な記事。

そういう記事を書いたライター、また掲載を決めたデスクに良心はあるのか、問いただしたいとも思う。

「髑髏城の七人 Season鳥」を観てきた

7月29日(土)、楽しみにしていた「髑髏城の七人 Season鳥」を観てきた。主人公捨之介を演じるのは阿部サダヲさん。そして天魔王を森山未來さん、無界屋蘭兵衛を早乙女太一さん、極楽太夫を松雪泰子さんが演じていた。もちろん、髑髏城の七人というぐらいだから、髑髏城に乗り込む人たちは7人いるわけだけど、いずれも劇団新幹線には欠かせない人たちが演じていて、見応えは十分だった。

私の目当ては第一に森山未來さん。森山未來さんはずっと以前から気になる俳優の一人だ。WATAR BOYSで観たときに気になったのだろうか。もういつからかは覚えてないが、とにかく身体能力が高いところ、そして声も非常に好みだ。

もう一つのお目当ては早乙女太一さん。実は髑髏城の七人「ワカドクロ」をゲキシネで観て、そのときも森山未來くんと早乙女太一さんにひかれたのだ。その二人が同じ役で出ると知り、早々に予約をして、観劇の日をワクワク待っていた。

あいにく観劇の日は、夜から雨で、ゆりかもめ「市場前」駅から劇場までの数分の徒歩にもかかわらず、サンダルの脚が濡れてしまった。午前中は天気がよかったので、雨が降ったとしても夕立ぐらいでおさまるのではというのは甘い予測でしかなかった。

とにかく森山未來さんの天魔王は威厳たっぷりで、でもちゃめっけがあったり、なかなか芝居も面白かった。「Exactly」の声の響きも素晴らしかった。また早乙女太一さんの芝居もかつてのときよりも妖艶になって、前半と後半のメリハリもあり、すごく大人で魅力的な蘭兵衛になっていたと思う。森山未來さんと早乙女太一さんの殺陣は本当に素晴らしかった。阿部サダヲさんは、どんな捨之介を演じるのかと思ったら、草の者(忍び影武者)だったという解釈だったのもキャラにあってよかった。また最初はうつけのふりをしているのも面白かった。

梶原善さんは、テレビでのお芝居もうまいなとは思っていたが、舞台映えのする役者さんなんだなと思った。また粟根まことさん、池田成志さんもすごくいい味を出していた。

舞台はIHIステージアラウンド東京。客席が回転するのもなかなか面白かった。私はサイド席だったので、少し見切れがあったが、それでも十分楽しめた。またぜひ、中央で観たい舞台だなと思った。

ただ、休憩するところが少ないのが少し残念。トイレはすごく並んでいたけど、休憩時間内にはおさまるぐらいの数は用意されていたようだ。

もう少し早く感動を書こうと思っていたのに、本業が忙しくてなかなか書けなかったのは残念。でもすごく良いお芝居だった。また観たいと思うお芝居だった。

 今回、森山未來さんが同じ役をオファーされたことについて、パンフレットでは「同じことをやるのかと迷った。再演の意味もわかっているが、長い公演でモチベーションを保てるのか自信が持てなかった」と書かれていました。そこで「歌わせてくれるならやります」と言ったところ、そういう脚本になったと。

再演について、私も飽きないのだろうかと思うところがあったので、このストレートな迷いを吐露されていたことで、「やっぱりそうなんだ」とも思った。

私はEndress SHOCKを2~3年おきに観に行ったりしているが、バージョンアップはしているとはいえ、毎年再演をしている。その数1500回。9月は大阪、10月は福岡で上演が決まっている。きっと来年もまた再演されるだろうということは予想されるが、堂本光一さんの再演へのモチベーションはどこからくるのだろう。自分が描くEndress SHOCK、もしくはコウイチという役がまだ完成していないということなのだろうか。そこが気になるところだ。同氏のインタビューでは「SHOCKはライフワーク」という言葉がよく聞かれる。Wikipediaによると「ライフワークとは天職のこと。人生を捧げたテーマ」。人生を捧げたテーマということは、SHOCKそのものが人生を捧げたテーマということだからこそ、モチベーションが続くのかな。

個人的にはEndress SHOCKは商業ベースに乗っており、本人のモチベーションに関係なく止め時を逸してしまっているような気もして、少し気の毒な気もする。

 

「KinKi Kids Party!~ありがとう20年~」に行ってきた&剛さんの体調回復を願う

もう3週間前になるが、7月16日、「KinKi Kids Party!~ありがとう20年~」に参加した。

その日は朝9時20分から新宿で「銀魂」を見て、ひと笑いした後、横浜へ。東急渋谷駅から横浜駅までの往復乗車と、横浜高速鉄道みなとみらい線の1日乗り降り自由がセットになった「みなとみらいチケット」を購入。少し、交通費を安くしてまずはランチをするため中華街へ。その日は花火もあったので、中華街はかなりの人手。並んでまでも食べることはしたくないので、脇道に入ったところで、こじんまりとした中華料理店に入った。1000円出さずして、杏仁豆腐付きのランチが食べられた。で、その後、衣装を見にパシフィコ横浜へ。グッズは前日に購入していたので、衣装を見ていない友達に付き合って、またじっくり衣装を観察した。

そんなことをしていたら、16時過ぎに。そろそろ会場に向かうべくまたみなとみらい線に乗った。本来、会場である横浜スタジアムハマスタ)はの最寄り駅は関内駅。しかしみなとみらい線で向かった私たちは、日本大通り駅で下車してハマスタを目指した。16時半近くなっていたため、会場の周りはファンで一杯。チケットや代行したグッズを手渡したりして、17時過ぎにようやく会場に入った。

アリーナ席 B10ブロック。ほぼ座席はセンター。双眼鏡を使うまでもない距離(表情など詳しく知るためには必要だが)のため、双眼鏡は一度も使わず。

立ち上がってもそんなに背の高い人もいなかったので、ストレスなくPartyを楽しむことができた。

16日のPartyは、もうすでにレポが上がっているとおり、ゲスト満載で事務所を上げてのお祝い感が強かった。光一さんも剛さんも、そしてそれを支えるバンドメンバー、スタッフの方たちも自分ができる限りの術で私たち参加者を楽しませてくれたと思う。楽しいながらもほろ苦さが残るPartyだった。

光一さんがやたら年末はとか新曲はいつか歌おうとか、作ってきた曲に詩をつけてという姿を見ていると、意外に光一さんの方が見えないモノを信じているタイプなのかという印象を持った。作曲にまた取り組んだのも、陽炎をどうやって二人で作ったのかということを熱心に聞いていたモノね。一人で作らなくても良いということがわかって、取り組むことができたのかな。よかったと思う。ちょっとポップな感じの曲だったので、堂島さんの要素が多分に入っていたかも。最後、旋律が2つに分かれるところも、陽炎からをヒントにしているような気がした。陽炎も2つに分かれるもんね。

でも剛さんは堂島さんとではなく、光一さんと一緒に音作りをしたいんだと思う。作詞作曲に分かれる合作ではなくて。剛さん視点で語ると、それができるようになるといいなと思う。

マスコミも入れなかったのは、やはり想定ではなかったこと、KinKi Kidsとしても見せたい20周年の姿ではなかったからだとと思う。光一さんも言っていたように、マスコミが入ると美談っぽくオチをつけられる可能性があるので。

 

今日はもう8月7日。先日のZEROでの状況、さらに昨日のラジオの様子を聞いても、そんなに左耳の聴力が回復している感じはなかった。ただ、音が頭に響く感じはなくなってきたといっていたけど。

事務所としては突発性難聴に対して知識がなかったわけではないと思う。今井翼さんがメニエール病で休んだとき、それ以前に何度か突発性難聴を繰り返していうことがWikipediaに書かれていたので。おそらく大きなニュースになっていなかったということは、すぐに治っていたのではと思う。そういった経験があったからこそ、最初、あまり深刻に捉えていなかったのではと思う。またドラマの撮影中というのも間が悪かった。嵐の相葉くんと松本くん、矢田亜希子さん、早見あかりさん、さらに一般の小原裕貴さんなど、いろんな人たちのスケジュールが絡んでくるので、できるならそのスケジュールを変えることなく進めたいと思うのは当たり前だ。実際、ぼくらの勇気 未満都市2017を見たが、剛さんの芝居に関して体調不良は感じられなかった。あまり聞こえなくても、演じられていたのもすごいと思う。そんな状態だと、周りも「大丈夫そうだ」と思ってしまったとしても責められない。

安静が最も必要なときに、ドラマ撮影や取材、レギュラーの仕事など、普段以上の仕事量をこなさなければならなかったのは、不運としか言いようがない。

だから回復するのもそれなりの時間がかかると思う。だけどいつまで休めば完治できるなんて、誰もわからない病気だ。だからこそ、完治しないと音楽ができないなんていう気の使い方はやめて欲しい。本人の気持ちや意欲に寄り添って、できる範囲で音楽の仕事もしてほしいと思う。音楽に救われてきた剛さんだからこそ、今回もまたきっと音楽で救わると思うからだ。

最善は完治だが、そんなに欲張ることはもうしない。日々、少しずつでいいので、回復を願うことにする。せめて左の聴力が70%ぐらいまで戻るといいな~。

映画「無限の住人」を鑑賞した

先日、車で行ってもゆっくりできる「MOVIX昭島」で「無限の住人」を鑑賞した。いろいろ言われている本作品。第70回カンヌ国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門に選出されていることにも否定的だったり、また主演を務めた木村拓哉さんについても「いつものキムタク」と揶揄されたりする一方で、木村拓哉さんファン以外の方からの「原作をうまくまとめている」「昔懐かしい時代劇」という高評価も聞かれた。

実際にどうなんだろうと気になってくると、確かめたいと思うのが性分。そこで締め切りの都合がつきそうな時間を見計らって、映画館へ出向いた。

その日はMOVIXデイということで、映画料金はいずれも1100円。夕方だったからか、映画館自体、そんなに混んでいなかった。「無限の住人」を鑑賞する人もそう多くはなく、15人程度だったと思う。前方には年配のご夫婦、斜め前は男性一人、私の列には40代ぐらいの女性が一人、そして私の後ろには10代後半か20代前半の女の子二人組と男女ペア、そして後列付近に木村さんファンとおぼしき40代~50代の女性のグループが複数、座っていた。

無限の住人は昭和の時代劇映画のようなモノクロシーンから始まる。そこで100人切りの殺陣が行われるのだが、モノクロなのでなぜか美しささえ感じた。タイトルが映し出されるとそこからカラーに切り替わった。

トーリーもそれなりに良くまとまっていたという。多少、もったいない使い方の人物もいたけれども、それはそれで仕方がないのかなとも思った。

木村さんもすごくよかったと思う。着流しも似合っていた。線が細すぎることもなく、様になっていた。お芝居が臭いということもない。むしろ、時代劇がすごく似合っていた。殺陣も迫力があった。

福士蒼汰さんは漫画の世界から抜け出てきたような、、線が細いというか、、なんだろう。すごく美しくて良いのだが、もう少し骨太な身体つきだとより迫力が出たかも知れないと思った。

とにかく殺陣(チャンバラ)シーンが長くて、人がスパスパと切られていく。人を切ると血や脂で刀が切れなくなってしまったり、骨に当たって刃こぼれしたりするが、映画なのでそんなことはない。手首や胴がスパッと切られるシーンもある。だからといってグロいかというと、そんなにグロくは感じなかった。もしかして首が飛ぶシーンもあるのかとも思ったが、そういうシーンはなかった。ハリウッド映画みたいに、全編を通して主人公たちはきっと死なないんだという安心感があった。

殺陣シーンが多く、話も比較的単純なので、海外の人の方が受けるのではという気がした。でも少し海外の方に理解が難しいのではと思ったのは、本来の敵と戦うためにその敵と共に幕府軍300人を切るというシーン。ヒロインの用心棒であるからという理由はあるが、、、ヒロイン自身が幕府軍に訴え出て、囲みの中から抜け出すことも出来るのではと思ったりもしたが、、「敵に塩を送る」ヒロインの選択肢が非常に日本人らしくて、時代劇の良い味わいを増幅さえてしていたようにも思う。

海外メディアの取材でもSMAPについて聞かれたそうだが、アイドルグループをまた再結成するとしたら、それはそれで歴史的快挙だと思う。しかしもう40代も半ばになりつつある彼らに何を求めるのか。若い子たちと同じ様なことはしたくないだろうし、SMAPとしてやりたい何かがあるのか。それがなければ難しいと思う。バンドが再結成するのとはまた違う難しさがありそうだ。

俳優として経験を積んでいくのであれば、解散はチャンスだったと思う。レギュラー番組もなくなり、そのスケジュールを気にすることなくオファーを受けられるので。SMAPというブランドを構成するのに必要だったSMAP木村拓哉というイメージも捨て去ることもできる。なんだかんだいっても、些細なことでもメディアで取り上げられるのは木村さんがジャニーズの顔だから。後に続く後輩アイドルのロールモデルになるよう、これからも活躍してほしい。

よくジャニーズで時代劇というと東山さんをイメージするが、木村さんもぜひ。大河ドラマの主役ではなくカギを握る人物とかで観てみたいものだ。