堂本剛2018平安神宮ライブ(8月31日)、堂本剛 東大寺奉納LIVE 2018(9月15日)に参加した

平安神宮LIVEは平安京にふさわしいきらびやかな雰囲気のLIVE

ずいぶんと時間が経ってしまったが、堂本剛2018平安神宮ライブの感想を。今年は妹と姪の3人の都合を合わせ、8月31日(金)のライブに参加した。初日に入るのは初めて。しかも平日。ランチを京都で食べるべく、午前中の新幹線で京都駅に。そこで車で来た妹たちにピックアップしてもらい、一路、事前に予約していた岡崎公園駐車場に向かった。平日なので1日駐車しても1188円と安いのが魅力だ。無事、駐車してその後、ランチを食べるべく散策。「卯sagiの一歩」というおばんざい屋さんに入り、「おばんざいセット(デザート付き)」をいただいた。

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京都らしいランチを食べたところで、開場まで時間があるので、烏丸御池まで行きその辺りを散策。ショッピングなどを楽しみながら、暑い中、ブラブラとしていたが、夕方16時過ぎから天気が悪くなり、17時ごろには雷雨に。雷雨の最中は新京極のIZUTSU CAFEでお茶をしていたので、どれだけひどい雷雨だったかはよくわからないが、相当の雨量だったように思う。雷が収まり、雨が小降りになったところで、「MarieBelle」に向かい、チョコを購入。開場時間も迫っていたこと、小雨がまだ降っていたこともあり、タクシーで平安神宮に。天気予報ではライブ開始時間の19時には上がるということだったけど、多少だが、小雨が降っていたので、カッパを着て入場した。

ライブが始まってからはほぼ、雨が降ることもなく、妹は早々にカッパを脱いで鑑賞。私は途中まで着ていて、もう降らないと確信してから脱いで鑑賞した。今回の平安神宮、すごくセットが豪華だった。特に噴水。平安神宮の講堂を背景に上がる噴水は、本当に見事で、音楽とマッチしていて圧巻だった。それとプロジェクションマッピング。これも年々、技術が上がり、素晴らしい出来映えとなっていた。2日目、3日目のように剛さんがリフターを使うことはなかったけど、すごく荘厳で、参加してよかったという満足なライブだった。

途中、スティーブさんと「aFrame(エイ・フレーム)」というエレクトロオーガニック パーカッションを打ち鳴らす場面があった。音色が面白いのだけど、8月初旬に耳がおかしくなった私には、ちょっと苦手と感じる音域があった。健康な耳を持っていたら、もっと楽しめたと思うのに残念だった。「Rainbow gradation」はすごく歌うのが(音をとるのが)難しそうだと思っていたのに、それをセットリストに入れていたのにもびっくりした。剛さんは面白い。

このときの最後のMCで、昨年、なくなられた宮司さんのこと、自分を愛することの大切さそしてそれを実行する難しさについて語っていた。ENDRECHRIツアーや平安神宮、その後に続く東大寺MCを振り返ると、それなりに早い時期からKinKiコンはやらない方向に進んでいたのかなという感じがする。

 

東大寺奉納LIVEは荘厳かつ土着的なLIVE

一方、堂本剛 東大寺奉納LIVE 2018は、どちらも「奉納」ではあるが、平安神宮とはまったく違うLIVEだった。なんと自分名義で当選。ちょっとビックリしたのを覚えている。平安神宮平安京の「きらびやかな貴族文化」のイメージのLIVEに対し、東大寺奉納LIVEはもっと土着的な音楽のLIVEだった。Wordl Musicに近いというか。だが、その土着的な音が、奈良の大地にぴったりというか。大仏様とも相まって、すごくよい味を生み出していた。セッションを退屈と感じる人にとっては、最後に「街」を歌わなければ、「つまらない」と感じた人も多かったのではないだろうか。と、別に心配する立場ではないが、ちょっとそれを心配した。まあ、アイドルとの二足わらじを履く剛さんにとっては、かなり攻めた構成だったと思う。だが、荘厳であの時間、あのときの剛さんにしかできない魂を震わす渾身のLIVEだった。今から振り返ると、大仏殿を背景にLIVEなんて、なんと贅沢なことか。

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LIVE当日、自分の座席付近からの風景

街を歌ったシーンは、NHK SONGSでも流れたとおり、「このカラダまだ行けるさ ゲームはまだ終わっちゃいないさ」というリリックで、剛さんが涙してしまうシーンにぐっときた。私は感情の起伏の幅がないので、涙することはなかったが、そんな私でもぐっときたのだから、涙もろい、感情豊かな妹が一緒であれば、おそらく涙していただろうと思う(特に剛ファンではないとが・・)。この時のなんともいえない涙とその姿を見ていたので、年末のコンサートはないというお知らせを受けた時、「そういうことだよね」とすぐに納得できたような気がする。

東大寺奉納LIVEは奈良で宿泊。翌朝、1人で東大寺に赴き、御朱印をいただいた。その時2度も「昨日の日付でなくてよいでしょうか?」と聞かれた。私はそのたびに「本日の日付でお願いします」と答えた。LIVEがあったから、東大寺に参ることができたわけで、確かに前日も確かにお参りはしていたが、やはり御朱印はその日のものが欲しい。別にファンとバレる格好をしていたわけではないのにと思ったが、気を利かせてくれたのだろう。言い出しにくいと思ったのかもしれない。開門してそれほど時間が経っていなかったので、御朱印を並んでいる人は誰もいなかったので、いろいろな雑談がされていた。「昨日は本当に大変で、終わらないかと思った」「人数も大幅に増やしての対応したのに、LIVEの音がもう聞こえてきて、間に合わないかと思った」とか。ちょっと面白かった。大変だったんだなって思ったけど、今後、お寺が修復される際とかに使っていただけるのであれば、ファンとして貢献できたのではと思う。

その後、一旦、ホテルに戻りチェックアウト。近鉄奈良駅のロッカーに荷物を預け、二月堂に向かい、その後春日大社へ。

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春日大社の回廊

その後、ならまちを適当に散策しランチを食べて、西大寺へと向かった。西大寺でもお参りの後、御朱印をいただいた。最後の目的地は平城旧跡。もうだいぶ日が傾いていたのが残念。もっと早い時間に来て、ぼーっと過ごすと日ごろの疲れが癒やされたのかも。とにかく頑張って巡ったので、体力との勝負だったような気がする(笑)

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夕暮れの平城旧跡

画像の調整をしていないので、今一つだが、タイムスリップするには少し時間が少なすぎた。巡る場所を欲張りすぎたような気がする。

平安神宮の記事はずいぶん前に書いたのだが、ずっと本業が忙しくて放置していた。昨年はこの後、友達が当ててくれたので小喜利にも参加できた。いつか書ければよいが、もうかなり忘れてしまっていて、思い出せない気がする(笑)。

SONGSも当初はスピンオフを見たいなと思ったけど、今はそんな気持ちよりも、次のアルバムが出たときに「ENDRECHERI」としての姿を見たいと思うので、そちらを願う。もし前回のセッションが大泉洋さんに向けたものだけでなく他にもあったのなら、それは聞きたいが。剛さん、小喜利の時、SONGSはまだ見ていないと言っていたような。たぶん、終わった現場にあまり執着がないんだろうなと思う。だから執着素rk音無く、次の新しい剛さんを見せていただきたい。アルバムが出ることが決まったら、要望をしようと思う。

Summer Sonic 2018 Tokyo Day2に参加した

8月19日、Summer Sonic 2018 Tokyoに参加した。昨年も参加したが、今回は本命のENDRECHERIが出るからだ。前日の18日、大阪から車で東京に戻ってきた。今年は渋滞にも遭い、また姪を綱島まで送るというミッション(?!)があったため、自宅に着いたのは20時過ぎだった。まあ、綱島で姪を降ろした後、帰り道を迷ったというのもあるのだけど(駅前はナビがあってもなんか難しい)。

ENDRECHERIのアクトはMountain Stageの12時25分から。11時に海浜幕張駅で共にサマソニを楽しむメンバーと待ち合わせた。前のアクト(KNOX FORTUNE)はファンの邪魔にならないように後ろの方で参加し、入れ替えと同時に前にいくという計画。KNOX FORTUNEは爽やかなR&B(インディ・ロック的とも)。ヒップホップの要素はあまり感じなかったような。初めて聞いたが、MCでもドラマーが日本語で通訳してくれるなどなんか非常に親切というかいい人たち。シカゴから来ました!って結構、言ってたけど、調べてみるとシカゴはジャズとブルースの街だそう。現代ではChance the Rapperが有名だけど、実はKNOX FORTUNEもニューカマーとして注目されているバンドだ。

ちょっとその音に楽しんでのっていたら、なんと新調したばかりのサングラスを落としてしまい、ENDRECHERIのために前に移動した際に気付いたのだが、後の祭り。後日、落とし物センターに電話したけど届いてないと言われた。わりとすぐに探しに行ったけど、影も形もなかったので、きっと誰かが拾ったのか、踏んで壊れたから、ゴミ箱いきになったのか。。

まあ、バーゲンで買ったそれほどお高いモノではなかったのと、なんといってもENDRECHERIをやっとフェスで見られるという気持ちの高ぶりでサングラスを落としたショックを引きずることなかったのはよかった。

ENDRECHERIのアクトは、流れてきた大阪でのレポを少し見たこともあり、とにかくMCがないことだけはわかっていた。ソロライブとの決定的な違いは、切れ目無くファンクミュージックが奏でられたこと。ソロライブはMCが長いこともあり、面白くもあるが、多少、だれる面もある。だがフェスのアクトでは一切、そんな面を見せずに、、、とにかく音が怒濤のように押し寄せるのだ。ヴォーカルも一つの楽器として鳴り響くという感じ。音に溺れるというか、本当に楽しかったとしかもう記憶が無い(笑)。そこそこ前方にいたので、後方がどのくらい詰まっているかはわからないが、いつもと異なり、男性比率もそこそこ高かった。私の後ろは男子2人組だったし、横は彼女に連れられてきたのかわからないが、男子だった(両者ともかなりノリノリ)。また前方には私の視界を邪魔する2人組男子もいたし。

剛さんがサングラスをずらす場面では、横と後ろにいる彼らも「ヒュー」っと声を上げていたのもなんだか新鮮な反応で面白かった。女性ファンだけがそういうシーンに湧いていたわけではないことは強調しておきたい(笑)。

2013年のドリームフェスティバルの際は、セッションはなかったから今回はどうするんだろうと思っていたが、今回はセッションあり。剛さんのライブの醍醐味はセッションにあると思うので、10分ぐらいだったと思われるが、最後にセッションがあってよかった。しかし急に始まった(セッション始めますとか何も無しに)、初見の人の中には若干、戸惑いもあったのか、せっかくの竹内さんのギターソロで前方を見る限り、あまり盛り上がってなかったような気がする(タイジさんが盛り上げるべく煽っていたけど)、でも中盤へと進みダッチさんのドラム、スティーブさんのパフォーマンス辺りから、かなりの盛り上がりに。やっぱり打楽器はすごいと思う。人間の本能を揺り動かすというか。。お祭りでも太鼓の音が聞こえると、誘われてしまいそうになるのはそういうことだと思う。最も原始的な楽器だけある。その後の、ホーンセクション、コーラスのソロ(りんさんのソロ)も圧巻だった。すごく贅沢な時間だった。

ENDRECHERIのアクトに満足し、次にどうするかをみんなで相談。レキシとナオト・インティライミのどちらに参加するかを検討。レキシも捨てがたかったが、鈴木渉さんがナオト・インティライミさんのサポートを務めるということはわかっていたため、ナオト・インティライミさんのアクトに参加。「ファンクが好き」というMCから始まったナオトさんのアクトは、その言葉とはまったく異なるJ-POP。その違和感も面白かったし、BEACH STAGEにぴったりのさわやかさがあって、これはこれですごく楽しかった。レキシのアクトは稲穂を持っているファンがたくさん詰めかけていたみたいだったので、そちらも体験したかったけど。。

その後、MARINE STAGEのCANCE THE RAPPERをスタンド席から鑑賞。途中、昨日の疲れと音楽の心地よさに誘われ、途中で寝てしまった。。残念。アクト全体を楽しむことができなかったので、感想は控える。

そしてまたBEACH STAGEに戻り、GEOGE CLINTONのアクトを鑑賞することに。私は20台前半から30台前半の約10年間、彼氏の影響でファンクを中心としたブラックミュージックしか聞いてこなかった。日本の音楽で唯一、自宅で鳴っていたのはミスチル(彼氏がカラオケで歌うため)。彼自身が好みの音楽をずっと鳴らすのだ。例えばマイケル・ジャクソンはと言うと、聞かされるのはジャクソン5時代の「ベンのテーマ」。「ブラックミュージのすべて」とかいう書籍を購入させられ、60年代から70年代(たまに80年代)などを中心に聞かされていた。最後まで曲名などはわからずじまいだったが、とにかく、流れる音楽はファンク三昧だったので、初めて本人のパフォーマンスを目の当たりにして感慨深いものがあった。とにかく楽しかった。ENDRECHERIのバンドメンバーさんたちが集結しているのもわかっていたので、きっと剛さんも観に来ているんだろうなと思っていたのだが、Twitterでそれを確かめられたのもよかった。同じ音楽を同じ空間で楽しんでいたんだと思うと、感慨深い。最後、帰りの電車を考え、花火が上がる頃にはBEACH STAGEを後にしたのは残念だったけど、とにかく1日でいろいろなアーティストの音楽を堪能できて、すごく楽しかった。夏の良い思い出ができたことを、ENDRECHERIに感謝したい。

 

 

ENDRECHERIライブに参加・「ナイツ・テイルー騎士物語ー」を鑑賞した

東京Zepp DiveiCity、東京NHKホール、仙台サンプラザホールと3回もENDRECHERIライブに参加した。東京Zepp DiveiCityは自分のチケット、NHKと仙台はいずれも友達が当選したので入ることができた。

東京Zepp DiveiCityライブの当日はMy Birthday。人生でもすごく思い出深い誕生日を過ごすことができた。だが、一番、感動的な誕生日は2012年の金環日食朝日新聞のビルの屋上で篠原ともえさんと一緒に観測し、祝って頂いたこと。早朝に築地まで行くのは大変だったけど、生涯にわたる良い思い出となった。これには少し負けるかもしれないけど(?!)、とにかく自分の誕生日を応援している人のライブで締めることができるなんて、感動的だった。

Zepp DiveiCityはスタンディングが基本のライブハウスだ。そのつもりで楽しみにしていた。しかし私のチケットはなんと2階指定席。楽だったけど、ちょっとスタンディングスペースとの差があり、盛り上がりに欠けたような気がする。ライブが始まりしばらく空席だった場所があり気になっていたら、20~30分遅れぐらいで小喜利のキャップにマスク姿の男性が座った。どうやら天竺鼠の川原さんだったみたい。で、セッションの途中で席を立ったらしい(楽屋をたずねるためかな?)。

近くにGakushiさんが大好きなファンがいたらしく、「Gakushi~!」とソロの場面があるたびに、大きな声をかけていた。そこから私もGakushiさんに注目。いやあ、素晴らしかったなあ~。 ステキな人がまた仲間になって、ますますこれからが楽しみになると思った。

年始以来の剛さんの生歌唱を前にしたわけだが、ヘッドフォンを付けていること、BlueBerryをリアレンジしたことぐらいしか、耳の不調を感じることはなかった。でもこの後、NHK、仙台と参加するわけだが、お台場よりNHKNHKより仙台と、どんどん歌唱を含めたパフォーマンスがより良い方向に進化していったように感じられ、嬉しかった。

仙台はとにかく楽しかった。思い切って、グッズのレジ袋タンクトップに着替えて参加。剛さんもレジ袋タンクトップを着ていたので、ちょっと「やったー!?」って思った(笑)。しかもレジ袋タンクトップを着ている人がわりと少なかったし(笑)。ライブ時間が長くなったのは、剛さんのMCが長くなってしまったため。実は仙台は、お台場で楽した変わりなのか、立ち見。でも1列目だったので、柵がありもたれられることができたので4時間弱の公演でも最後まで楽しく過ごすことができた。体重を支えるモノが足以外にあるというのは素晴らしい。そしてどこでも楽しいとはいえ、1階はやっぱり楽しい。NHKホールは3階だったので、飛ぶこともできないし、距離を感じる。鑑賞するという感じ。でも1階だと地面がついているので、飛ぶこともできる(笑)。テレ東音楽祭の前、喉を痛めて声が出にくいという話があったが、仙台ではまったくそんな感じもなく、MCも絶好調。剛さん、甘党のGakushiさんのおかげもあり、仙台で甘い物をたくさん食べることができ(若干、食べ過ぎ)、ご機嫌だったのもあるのかもしれないが、本当にすべてが楽しくて、大満足でENDRECHERIライブを締めくくることができた。セッションで鈴木渉さんのソロがなかったのは気になったが、神奈川でちゃんと回収できたらしくよかったと思う。

立ち見席にもかなり年配の方がいらっしゃって、近くに居た年配の方は途中で床に座られていたのだけど、気付いたらパイプイスに座られていた。そういう個々使いもいいなと感じた。でもそんな思いをしても会いに来たいと思わせるなんて、剛さん、改めてすごいなと思った。そうそう、NHKホールでは白い杖を持った目の不自由な方もいらっしゃっていた。3階席だったので、誘導が大変そうだった。車椅子の人はそういう人向けの席が用意されるけど、他はどの席が当たるかはわからないので、、いろいろ難しいよね。

次、剛さんの現場はサマーソニック。どんなパフォーマンスを体験できるのか、今からワクワクはつきない。

話は変わって光一さん初の本格的ミュージカル「ナイツ・テイル」。最も仲の良い友達は光一さんのお茶の間ファン。東宝ナビザーブでチケットが当たったので、彼女とナイツ・テイルを観に行った。事前に帝劇は冷房が効いているという噂があったので、羽織り物を持って行ったけど、無用だった。最後の方は少し暑かったぐらい。外気温が高かったせいだと思われる。劇場を出たのは21時過ぎだったけど、地面温度は下がっておらず、足下からむっとした熱気が感じられた。

ナイツ・テイルはあまり事前情報を仕入れずに鑑賞した。光一さんと井上さんのインタビューは読んだが、話の内容は翻訳「二人の貴公子」をWikipediaと翻訳本の感想を書かれている方のブログを調べたぐらい。全体的に物語の大きな盛り上がりがある訳ではなく、ちょこちょこと大澄賢也さんが笑わせるようとするネタ的なセリフを挟みながら、ちょっとお馬鹿で友情に熱い男たちとそんな男たちを深い愛で包む女性たちの物語。光一さん、井上さんの相性の良さもあり、双方のファンは存分に楽しめる作品になっていると思う。あと音月桂さん、岸祐二さんのファンも。井上さんは歌は絶品。相手役となる牢番の娘の上白石萌音さんのお芝居に今一つ、魅力を見いだせなかった。上白石さんは歌もダンスもそつないかもしれないが、魅せる要素に欠けるというか、、なんだろう引き込まれることが少なかったように思う。一緒に行った友達は彼女の歌のターンで気持ちよくなってしまい、眠気に誘われたという。

アーサイトの相手役となるエミーリア役を演じた音月桂さんは圧倒的な存在感で素晴らしかった。華があるというか。とにかくダンスも歌も上手いし、お芝居にも引き込まれた。セリフのトーンは元男役だからか、ちょっとドスが効いているのだけど、それがまた小気味よい。基本的に男は愚直でバカ(シーシアス、アーサイト、パラモン)、女性の方が賢く描かれていたので、音月さんはその女性のシンボルとして、存在感を放っていたと思う。エミーリア視点の物語を観てみたいと思ったぐらいに。

光一さんは、頑張っていたという表現は失礼にあたると思うが、あえてすごく頑張っていたという表現を使いたい。特に歌の場面で。声量は劣るので、井上さんの声にかき消される場面も多々あったが、光一さんかなり低音、井上さん中から高音のハーモニーは見せ場だったと思う。2幕の終わりの方で、光一さんのソロ歌唱部分では中~高音域の曲調だったからか、いつもの可愛い感じの声も聞かれたが、「光一さん、これもらしくていいね」とほっこり思ったり。第一声の歌とセリフでは、声がかすれて出ていなくて、ちょっと心配したけど、盛り返したと思う。

ちょっと残念に思ったのは、意外にもダンス。この作品、ダンスは光一さんの見せ場ではないと思った。というのも一番、踊りのうまいものに冠を授けるというシーンは、おそらくアーサイトの見せ場なんだろうけど、アンサンブルの皆さんの身体能力が高すぎて、アーサイトの踊りが、劣って見えてしまうからだ。特に男性バレリーナの動きである横にライダーキックするようなジャンプの跳躍力の違い、足の上がる角度など、アンサンブルの皆さんは半端ないので、エミーリアから冠を授けてもらいたいという迫力が今ひとつ伝わってこなかった。エミーリアと踊るシーンでも、身長差があまりなく、エミーリアの切れも良いので、見栄えがするかというとそうではないし、お姫様抱っこのシーンではちょっと危なっかしい感じも。身体能力以外の部分はきっとこれから良くなっていくと思われるが。

アーサイトの殺陣は良い感じだけど、今度はパラモンの動きが弱くて、どうひいき目にみても対等には見えない。よっぽどのアクシデントが無い限り、おそらくパラモンはアーサイトに一刀目で殺されてしまう感じだ。だからなのか、ちょっと迫力に欠ける。だが、こちらも回数を重ねるとよくなっていくと思われる。光一さん、顔形はステキだし、身体は小柄なんだけど、騎士の衣装を着るとがっしりと見えるので、体格的に見劣りすることはそうない。

セリフが難解と言うつぶやきも散見されたが、時代劇(日本のだけど)好きな私にとっては、特に違和感なかった。ただ、西洋と和の融合の舞台なので、騎士のチーム戦では全員が戦国武将のような旗指物をするのが、戦国武将好きの私としてはチープに映り残念だった。西洋の騎士は旗指物はせず、印となる布を撒いていたとのこと。百歩譲って旗指物はいいとして、このお芝居では相手を切って旗指物を取るということで勝利を示していたのが悲しい(観客にわかりやすいようにしていた?)。旗指物ごとうち捨てていくのが本来だからだ。そういえばパラモン、1本だけど、旗指物がなかなか取れなくて、とうとうそのままその人、旗指物をしたままはけていってた。だからなのか、それが殺し合いではなくお遊び(騎馬戦)に見えて、お互い殺し合いをしてまでもエミーリアを奪うんだという表現には感じられなかった。マイルドというか。それかあれは殺し合いのシーンではなかったのだろうか。よくわからない。この騎馬戦シーンはNHK大河で合戦シーンがスローモーションで流され、ナレーションで説明されあっという間に終わっていたような感じ。だから殺陣も光一さん的に見せ場ではなっていないようにも思う。でもこの辺りも回数を重ねると、迫力が増していきそうな気はするが。

でも人が表す鹿の優美な動きなどはすごくステキだったなあ~。

このお芝居、光一さんの見せ場ははっきりいって歌だと思う。もちろん、井上さんおよび周りの方たち対等に渡り合っているとは言いがたい。だけど私がレポを任されたらそう書く。決してダンスではない。なので、喉をケアしながら、千穐楽まではもちろん、その後も次なるミュージカル作品出演のために、さらに進化していって欲しい。

音月桂さんという方を知り、そのすばらしさを発見できた舞台でもあった。友達とも久しぶりにおしゃべりもできた。KinKi Kidsの異なる2つのソロ現場、本当に楽しかった。

 

追記:光一さんの歌唱が今回のお芝居にマッチしているのは、光一さんの音域に合っているからだと思う。日本初演で音楽も書き下ろし。おそらく台本は二人を当てて書いているのと同様、主役の音域に合わせた楽曲を制作したことは予想に難くない。光一さんソロ歌唱部分のある曲は比較的中音中心の音階で構成されており、盛り上がり部分はコーラスが採用されていた。最後まで光一さん一人で歌い上げる曲はなかったように思う。一方の井上さんの見せ場は、高音域まですべてを使って、盛り上がりまでを独唱で歌い上げて締めるソロ歌唱曲だったと思う。そう言う意味でも光一さん、井上さんの声の良さを最大限生かしたミュージカルだと思った。

アイドルのキャリアについて考えてみた

2018年4月15日11時に、関ジャニ∞のメインボーカルを務める渋谷すばるくんが退所することが発表された。前々日となるフライデーの記事タイトル「渋谷すばる関ジャニ∞』を脱退へ 国民的アイドルグループに何が起きた?」を見たとき、脱退への後ろに!?が付いていなかったことから、脱退することは決定なんだろうなと思っていた。裏が取れていないのであれば、?を必ず付ける。そうじゃないということなんだろうと。退所の理由までは探れなかったのは、事務所関係者から得た情報というわけではなかったのだろう。

すばるくんは36歳。確かに次のキャリアを踏み出すには、遅いということはあっても、早いという年齢ではない。「海外で音楽を学び、自分の音楽を追究していきたい」。それがグループ脱退および退所の理由だ。

すばるくんの退所に伴い、KinKi Kidsの剛さんのようにできなかったのかというつぶやきもTwitterで見かけた。しかしKinKi Kids関ジャニ∞ではグループの置かれている立場が違いすぎる。KinKi Kidsは2人組で、デビュー前から20代にかけて大きな金額を稼いできた。昨年デビュー20周年を迎えたが、20年以上モノ間、事務所に大きな収益をもたらしてきたグループである。しかもレギュラー番組は1本。ここ最近、1年の約半分は光一さんが舞台活動をしている。つまりそれだけ剛さんには自由に使える時間があるというわけだ。光一さんも剛さんも、ソロで自分のやりたいこと、専門性を深掘りし、KinKiで音楽を主体としながらも、広く浅くマルチなアイドル(タレント)としてのキャリアを磨けるのである。よく言われるT字型人材。すごく理想的な芸能活動ができているように思える。もちろん、すべてはハッピーということではなく、大変なことも多いだろうが、自分の専門性(ミュージカル、ファンクミュージック)とKinKi Kidsという2つの共存に折り合いを付けやすいような気がする。

一方、関ジャニはどうか。今年から15周年イヤーが始まるという。今では嵐に次ぐジャニーズ事務所を支える存在となったが、デビュー後すぐ人気に火が付いたわけではなかったように思う。しかし、その後の頑張りにより、今では関ジャニ∞は数多くのレギュラー番組を抱えている。だが、やはり稼げるまでになるまでに時間がかかりすぎたような気がする。というのもメンバーは皆30代。すばるくんに至っては30代半ばとなっている。そのままグループで仕事をしながらでは、自分の音楽を追究するには時間が少なすぎるのだろう。年齢を考えると焦りも出る。だからこそ、自分がゴールとするキャリアに向かうために思い切った決断をしたのだろうと思う。

でも今回の決断は、ファンにもちゃんと自分たちの言葉で報告されたのがよかった。関ジャニ∞というグループの魅力を、世間に改めて知らしめることができたと思う。

SMAPのときは、本人たちの声が届かなかったので、いろんな憶測を今も生んでいる。これが学びとなり、今回の記者会見になったのかもしれないが、メンバー全員でというのが関ジャニ∞らしさを醸し出していたように思う。

SMAPの解散も飯島氏が退所したことをきっかけに、メンバーが次のキャリアを考えた結果なのだろうと思う。彼らはみんな40代。すばるくんよりもシビアに、この先どんな人生を描いていくのか、考えたと思う。慕っているボスと共に働きたい、今までとは異なる世界に出てみたいという選択肢があった。それを選んだ人と、事務所に残って自分の専門性、つまり俳優、MCに専念する道を選択した人というだけのような気がする。

話は変わるが、先クール、木村さん主演の「BG」を見たが、ちょうどいい感じに年をとっていて、すごく魅力的に感じた。たまに出てくる、「キムタク」感もちょうどよかった(笑)。それがないと、一般としてはやっぱり寂しいからだ。これまではSMAPというアイドルグループを背負っていたので、キラキラが薄れるような役は事務所的にNGだったような気がする。もう背負っているものはないので、いろんな役を演じて、芝居の幅を広げていってほしい。中居さんもMC業を極めていってほしい。KinKi Kidsが出演したCDTVでは、相変わらずの兄弟ネタを出したり、耳のことを聞いてくれたりして、すごく温かみを感じた。両者ともジャニーズアイドルのロールモデルを後輩に示してほしい。

KinKi Kidsもいずれ脱退(=解散)することがあるかもしれない。その時は、非常に残念に思うだろうが、次のステージに進んでいく彼らの選択を心から応援しようと思う。好きな人には思いっきり1回きりの人生を自分らしく生きていってほしいからだ。とはいえ、KinKi Kidsというプロジェクトは、無理なく大人なデュオに脱皮していけそうな気がする。それができれば、後輩グループにとって新たなロールモデルを提示できる。そういうグループとして続いていくことを期待している。

劇団☆新幹線『修羅天魔から髑髏城の七人 Season極』を鑑賞した

4月12日、客席が360度回転する円形エンターテインメント施設「IHI STAGE AROUND TOKYO」で開催されている劇団☆新幹線の『修羅天魔~髑髏城の七人 Season極』を観に行った。同劇場で開催される髑髏城の七人の鑑賞は、Season鳥に続いて2回目。

 

hitomin21.hatenablog.com

 過去記事にも書いたとおり、前回は森山未來さん目当てでの参加だった。そう言う意味では今回、「この人のお芝居が観たい」というのではなく、極のストーリーを味わいたくて観に行くことを決めた。というのも、今回はこれまでの主人公である捨之介は出てこない。天海祐希さん演ずる極楽太夫が主人公である。極楽太夫はかつて信長に愛された雑賀衆の狙撃手だったが、今は渡り遊女となり、天魔王を探して諸国を巡っているという。これまで髑髏城の舞台では織田信長は出てこないが、今回、初めて出てくるとあっては、信長好きとしてはどうしても観に行きたくなったのだ。

チケットを購入しようと思いながら、先行も一般販売も逃し、諦めていたところ、ライブビューイングがあるというニュースを聞き、それを申し込もうと思い、公式からイープラスに行ったら、なんとライブビューイング当日のS席に△マークが付いていたのである。どうせなら、生で観たいと思い、申し込んだら、なんとセンターから少し上手側ではあるものの、3列目。実際に劇場には行ってみると、実質2列目だったのだ。とにかく演者が近い。でも近すぎて、全体が見えにくいという贅沢な悩みはあったが…。

とにかく演者みなさん、お芝居がうまい。天海祐希さんは、きれいで可愛くて、格好良くて、、、いやあ、舞台映えする。すごみのある声も出せるし、カワイイ仕草もできる。そして最後の挨拶での所作も美しい。顔だけじゃなくてすべてが美しかった。

そして古田新太さん。本当にすごいね。織田信長と天魔王の2役を演じているんだけど、とにかくカッコイイ。全然、私の理想とする織田信長像とはほど遠い体型だったりするんだけど(すみません)、そんなことを頭に描く間も与えないほどのお芝居だった。とにかく魅力的だった。。

福士誠治さんもすごくよかったが、とにかく目を引いたのは、若衆太夫、夢三郎を演じた竜星涼さん。夢三郎は仮の姿で、本当は天魔王の嫡男の夢虎。1幕の妖艶なたたずまいから、2幕では天魔王の傀儡として鎧を着けて酷薄な男に。その鎧姿がとにかく圧巻。スタイルが抜群に格好良かった。

カンテツを演じた三宅弘城さん、ぜん三を演じた梶原善さん、清十郎を演じた川原正嗣さんなど芸達者な演者たちで構成されているので、見応えもある。

熊木衆の生き残り、早霧役の清水くるみさんもよかった。身体は小さいけど、パワフル。滑舌もよかった。

そしてなぜか髑髏党は歌好き設定となっており、途中でミュージカル調に。原慎一郎さんの歌声は素晴らしかった。

カマ戦法による戦い場面では、黒衣の人たちが前方に突き出してカマを回すので、前方席の私は目の前でくるくるカマを回されるので、かなりシュールで笑えてしかたなかった。

1万3000円。お値段以上に楽しいお芝居だった。天海さん、50歳。私も天海さんのように美しく年を取っていきたい。本当にお肌もきれいで美しかったな~。

「KinKi Kids Concert 20.2.21 ~Everything happens for a reason~」に参加した

年末、年始に東京・大阪両ドームで開催された「KinKi KidsKinKi Kids Concert 20.2.21~Everything happens for a reason~」の12/17、12/31、1/1公演に参加した。昨年から東京ドームが12月の半ば、年始が大阪ドームで開催されるので、年末年始、関西にある実家に帰省する私は両ドームに参加できるようになったのだ。

まずは東京ドームの2日目、12/17の公演について。前日の公演内容はチラチラとTwitterのタイムラインに流れてきたモノの、そんなにチェックする程ではなかったが、唯一、後半がかなり辛そうだったいうことを把握した。「もし出られなくなっても仕方ないかな」と思いつつ、開場時間になっても、そういうメールは来なかったので、「今日も大丈夫なんだ」という思いでいざ、東京ドームに。

堂本剛さんの歌唱復帰現場となったドリームフェスティバルにも参加したため、ご本人の「意外に歌えた」という言葉以上に、ヘッドホンを付けていなければわからないほどの歌声を聞かせてもらっていたので歌うことに対してそう不安はなかった。でもその時は2曲ごとにMCを挟んでいて、コンサートのように次々続けて歌うことはないし、なんといっても東京ドームは、箱が大きい。音量も当然大きくなる。反響もある。ずっと片耳で音を取って歌い続けるのは大変だろうなとすごく負担があるだろうなと思っていたので、今回も光一さんのソロコーナーがあればいいなと思っていた。が、剛さんのソロコーナーがあるとは思わなかった。もし剛さんのソロコーナーがなかったとしても、誰も文句は言わなかったように思う。まあ、ジャニーズ的というかKinKi Kidsスタッフ的に1人だけソロありでもう一人はなしという選択肢はないのかもしれないけど。

座席はスタンド1階の3塁側。かなりサイドからステージを観る感じ。オーケストラの荘厳な雰囲気の中でコンサートは粛々と始まった。セットリストなどはいろんな人が挙げていると思うので、割愛する。

ソロコーナーは光一さんはアンプを入れた通常のスタイル。私は一度しか光一さんソロコン(Spiral)に参加したことしかないので、3曲目の「愛の十字架 ~Promise 2U~」は初めてだったような気がする。そのソロコンに参加したとき勉強したのはアルバム「Spiral」だけだったので、実は暁もこのコンサートで2度目。なので途中、英語詩が出てきたとき、「えっ、次の曲に行ったの」と一瞬、思ったりした。2曲目のSHOCK!は他2曲よりやや激しい振り付けなので、ヘッドセットマイクを付けてのパフォーマンス。ただ、このマイクの性能がよろしくないのか、それまでのマイクより声がべたっとしているというのか(歌い出し部分。エフェクトかけていたらすみません)、立体的に聞こえなかったのと、その後、振り付けが激しい部分の歌声がかなりバックバンドにかき消されていたのが残念だった。あれだけの振り付けだとガチで歌うのは難しすぎるよね。今回のラインナップより、前回の方がよかったかな。光一さんはロックな曲をシャウト気味に歌うのが似合うと思っているので。

一方の剛さんソロは2曲で1曲は歌はなく、インストに合わせて心情を表したような踊り。コンテンポラリーダンスに近い感じ。踊るとは思っていなかったので、ビックリしたけど、「リズム感も損なわれていない」と安心した。2曲目の「これだけの日を跨いで来たのだから」。昨年のツアーでも歌わなかった自身のソロワーク曲を歌うとは、、これにも驚いた。歌い方はこれまで何度か聞いたときとまったく違うパフォーマンスだったと思う。だけど、フェイクも入っていたし、歌う事、音楽をすることを諦めることのない情熱を感じることができた。

夏のパーティで光一さんと堂島さんが「2番以降はららら」で披露した「Topaz Love」もフルで聞くことができた。やっぱりそのときも思ったが、堂島さん成分が多分に入っている楽曲だと思う。20周年、7年ぶりのKinKi Kids二人の共作にするのは、販促的な面から考えても理想的だし、編曲者が堂島さんなので問題もないということだろう。

とにかく座って堪能できる豪華なコンサートだったのは間違いない。全編オーケストラとは言うモノの、ソロコーナーが終わって以降は、そんなに通常のKinKi Kidsコンサートと変わらない音色だったような気がする。ただ、座席の位置もあり、わりと静かな曲だとディレイスピーカーからの音が右から聞こえるので、その2重感が少し残念だった。ラインアレイでは難しいのかな~? やっぱり左と右で聞こえる音がずれるのは多少、気持ち悪いなと思った。

一方、京セラドームで行われたカウントダウン公演はスタンド1階のセンター、1/1公演はアリーナC3ブロック。いずれも音が二重に聞こえることなく、快適だったように思う。カウントダウン公演はなんといっても、光一さんが絶好調というか、おそらく光一さんにとってゴールデンタイムだったこと、大阪という地元感あふれる場所だったからか、やたらはしゃいでいた印象だった。剛さんが雑誌で明かしていた「大きな子ども」という表現がぴったりハマっていたように思う。剛さんが記事で言っていた大きな子どもは、おそらくコンサートで感じた本当の「大きな子ども」ではないとは思うけど。何かモノを作るときは、「子ども」同様、多少強引なやり方で周りを巻き込んでいくことが大事になるからだ。そう言う意味で、光一さんが頭でっかちにならず大きな子どもになったからこそ、Topaz Loveは新曲として世に放たれることになったんだと思う。

カウントダウン公演、1/1公演では、剛さんソロ「これだけの日を跨いで来たのだから」は、東京ドームの感情そのままの荒削りな状態から、これまでのソロでのパフォーマンスに近い状態の歌い方に変わっていた。その進化にもびっくりした。一方の光一さんソロは損をしたなと思う。光一さんソロが先、剛さんソロが後という構成になったのは、耳のインターバルを考えてのことだそうだ。避難する時間のためと言っていたが、そういうことだろう。ショーアップされた光一さんソロは、やはりKinKiコンと性質が似ているので、それまでと変化を感じにくく、圧倒的な世界という感じがしない。一方の剛さんソロは、KinKiコンとは異なり、剛さん一人が強調された世界となっており、光一さんのショーアップされた世界とはまったくの異なる次元空間に入ったようになったからだ。おそらく剛さんを先にしていたら、光一さんのショーアップされた世界がもっと際立ったかもしれない。が、その後に続く、硝子の少年からの後半戦と違和感なく続いていくので、、確かにその構成も今一つかも。そう考えると、光一さん先で正解だったのか。

今回、1/1公演のKinKi KidsのMCでの不協和音で、またアンチ的な人がざわざわしているが、どっちもどっちだったような気がする。「ソロをしたいっていうから、いいですよといって~」と剛さんののんびり口調でいっていたが、剛さん的にはやはり、KinKiコンにソロはあまり入れたくないんだなという印象があった。でも光一さんも剛さんのために設けたコーナーなのに、ソロがしたい風に言われ納得がいかなかったのか、「ソロがしたかった風に言ってるけど、耳のためにインターバルを設けた方がいいということから」と。その言葉に、剛さんもかなりむっとしたんだと思う。というのもスタッフは剛さんに耳のためのインターバルではなく、光一さんがソロを入れたいと言っている伝えていたから。オーケストラ構成にしたのは、剛さんの耳を慮ったためで、ここでも譲歩してもらっている。さらに自分の耳のためにと言われると、「自分に聞いてくれればほかの方法も提案した」と思っても仕方がない。でも光一さんとしても音楽を視覚化することにこだわる場面も欲しかったのではないだろうか。パフォーマンスも楽しそうにしていたし。1/1の公演では、オーケストラの方にカルメンを弾いてもらい、それをふぉ~ゆ~の松崎さんに指揮をさせるという無茶ぶりも。光一さんソロがなかったらふぉ~ゆ~だってつく必要はなかったような気がするので、こんな場面も見られなかったような気がする。

そこで終わればよかったのに、その後の光一さんの「1人でテレビに出たとき俺がどれだけ大変・・・」と言ったところで、剛さんが間髪いれず「電話したやん。長ちゃんにも、そのほかの(松潤、相葉ちゃん)にも・・」と続き、二人の小競り合いは発展。光一さんは剛さんに感謝を求めたのではないかもしれないが、剛さん的には光一さんに感謝しているのにその気持ちがまったく届いていないように思えたのか、「俺がお前に感謝していなかったら、うんこ以下やん」という言葉に。しかし最後は「もうお前のプレゼント言うわ。うんこドリルセット(すごろく)やから」というオチで終わったところはよかったかもしれない。とはいえ、どちらもまだまだKinKi Kidsというプロジェクトに熱情を持っており、人間臭い一面もあるんだなということがわかった一幕だった。

ソロ後の後半戦で剛さんは、聞こえているはずの右耳を触ることが増えて、少し心配した(耳の穴に指を入れているシーンが何度もあったような)。これは一緒に入った妹も言っていたことだ。コンサートが終わってだいぶ経つので、回復しているといいなと思う。そしてモニター画面をずっと見つめながらといううつむき加減のパフォーマンスとなった。

ちょうどKinKi Kidsのコンサートに参加する少し前に、インクルーシブデザインに関する話についてまとめていたということもある。インクルーシブデザインとは高齢者や障がい者など、デザインプロセスから排除されていた人々を初期段階から巻き込んで一緒に考えていくデザインの方法である。除外対象者とは健康や肉体的なハンディキャップを抱えている人だけではない。子どもを抱っこして両手が塞がっている人なども含まれるという。除外とは何かそれを理解すことから始まり、次に共感から学ぶ事だという。目が見えない人や耳の聞こえない人と共感するには、単に目隠しをしたり耳栓をするということだけでは間違いだと言っていた。剛さんの難聴は左耳をふさいでみるだけでは、その除外の気持ちを共感できないということだ。新聞で語られた孤独だったという気持ちは、こういうところからきているのではないだろうかと思う。

なぜ、あんなにフォローされて孤独だというのか、というような声もあったが、あまり剛さんの耳のためにということが強調されると、本人にとってそれは阻害や除外につながることもある。だから、耳のインターバルのためと言うことであるなら、剛さんのいる場でもスタッフは忖度することなく、そう明言すべきだったと思う。阻害や除外は孤独を生む。KinKi Kidsコンサートは大きなプロジェクトなので、スタッフ共々本音で語り合うこと難しいことも多いのかもしれないが。

今年はどんな1年になるのか。まずは剛さんの聴力が少しでも改善されること。そして二人とも自分のやりたいことができる1年になれば良いなと思う。そして私たちファンはその表現を楽しみたいと思う。 

堂本剛独演会「小喜利の私」10/31に参加した

堂本剛さんがたった1人で大喜利をするイベント「小喜利の私」。何度開催しても第24回の同イベントの10月31日の公演が当たったので、行ってきた。

Twitterではネガティブな部分ばかりがフィーチャーされ、楽しかった気持ちがどんどんマイナス方向へと引きずられがちだが、そんなみんながざわざわとするある意味、思い出深い公演に参加できてよかったと思う。だって、本当にそれがどうだったのか、判断できるのは参加した人間のみ。だから外野でざわざわ言っている人の品格を見ることもできるからだ。アンチの妄言が生まれる過程もリアルタイムで把握できるというおまけもついている。

率直に言ってその日の小喜利は大喜利は少なかったモノの、全体的に楽しかった。これは否定できない事実だ。すごく満足して楽しい雰囲気のまま会場を後にしたからだ。もちろん、例のコントは最初、戸惑って、「え~」という声を上げた。しかし自分の中で一つの設定をつくった。これは50年とか60年後の想定した未来コントだと。そうすると印象も変わる。軍団が一人ずつ例の剛さんの声真似(似てない)で、光一さんあるある的な文言(プロテインは入れるから、ブログは年1回の更新とか、KinKiファンしか知らないような小ネタ)を言っていくとというコント。そして最後はうるさいわ的な感じで生き返るというオチ。あぁ、ずっとKinKi Kidsでお互い相方なんだって思えた。

もちろん、観客を戸惑わせ、変な空気感にしたネタを選んだのは失敗だったと思う。きっと彼らの常識とファンの常識が違ったのだろう。悪意があったとは思えない。ファンが集まっている舞台で悪意を持ったコントを展開する意味がないからだ。ファンの常識は、一般の人とは違う。一般の人ならなんとも思わないことでも過剰に反応する。例えば今回のネタの対象者についてはなおさらだ。私も「アンチが知ると面倒くさいことになりそう」って思った。この時点で一般の人との感覚が違う。でもそういう気持ちってフラットではない。そこでその気持ちを追い払って、先のような設定をしてコントを見ることにしたのだ。

そのときの嫌悪が入り交じった空気感は剛さんはもちろん、斎藤さんはじめ軍団の人たちもひしひしと感じていたと思う。だからこそ、剛さんはその後の寸劇に軍団の人たちを招いたのだと思う。ネガティブな印象で終わらせたくないと。1本目では剛さん自身もぐだぐだになったので、もう1本、裏方にいるお題の作家さんにお願いしてお題を出してもらった。住職とのラブストーリーの寸劇では、軍団の1人がカナダの令嬢役の剛さんの元カレになって、セグウェイを乗るのが下手すぎる小芝居を展開したり、またその元カレの彼女役になったりして寸劇を盛り上げようと一生懸命だった。そういう姿を見て、マイナスの印象をプラスに変えて終わることができたのに。そういう場を即座につくる剛さんの底力を観られたのは、ファンとしてはおいしい場面だったと思う。

天声の斎藤さんや軍団の人がはけてからの話では、一般的なことに置き換えながら、次の様なことを切々と訴えていた。

コントや歌の中で繰り広げている世界はそれ自体がフィクション。リアルではないということ。そしてその公演は最初から最後までが一つのパッケージであり、作品。だからその全体で判断して欲しい。たとえその中で嫌いなことがあったとしても、そこだけを取り上げてフィーチャーしてしまうと、見てもない人がそこを切り取って増幅させるので、ネガティブな声がより大きくなってしまうと。笑う行為は人間だけの行為。それを生み出す芸人さんを尊敬している。その人たちが真剣に考えたネタに好き嫌いはあっても、否定はしたくない。嫌いなら自分がそれを見なければいいだけ。選択権はユーザーにあると。

普段ホワホワしている剛さんとは違い、その姿は38歳のできる社会人そのもの。すごく信念を持った姿に圧倒された。KinKi Kidsというか、デビューして20年以上、芸能界のトップにいる人たちはやっぱり地頭がいい。覚悟もある。生半可な気持ちで芸能に携わっていない。

最近、特にうるさくなっている表現に関することについても、「あまりうるさくしすぎると何もできなくなる」と。ざわざわしている人は何をしてほしいのか。謝罪を要求するほどのことなのか。何も見ていない人に対して何を謝罪するのか。謝罪を要求するのであれば、即興が売り物の小喜利イベントなど辞めてしまえば良いと言うことになる。筋書きがないので今後もこういうことがまったく起こらないとは言えないからだ。

この最後の話を聞いても、書き込んだ人は頭が悪いと思う。何も口を閉ざせと言っているのでは無い。不特定多数が観るTwitterという公の場で、拡散する必要がないということ。自分が応援しているタレントの足を引っ張る行為をする意味がわからない。文句を言いたいのであれば、手紙にして直接、届ければよい。

本当にそのコントがいじめだと、悪だと言うのであれば、そのコントを邪魔せずに観た私たち観客も同罪だ。嫌なモノを見せられた被害者ではないことを認識すべきだ。そして外野でざわざわしている人たちは、楽しかったねと会場を後にした私たちも悪だ、罪だととがめればよい。

だが観てもない、その空気感を体感していない外部の人たちが罪だと責め、謝れという。そんな権利あるのだろうか。不思議で仕方ない。

私は本当に10月31日の「小喜利の私」を楽しんだ。剛さんの可愛いところはもちろん、縦ロールの髪の毛なのにリーダーシップを発揮する姿などが存分に観られた。斎藤さんも緊張しながらも精一杯頑張っていた。この回を体感できたことに満足している。

 

追記)2018/09/04

レ・ミゼラブルの舞台に斎藤司さんがキャストに決定したことを機に、またこのときに行われた軍団のコントをネタに斉藤さんを批判する人を見かけた。その批判の中にはねつ造されたことも多く含まれているので、追記することにした。軍団が行ったコントで棺が用意されていたとかいう話がアンチの中でまことしやかにまかり通っているが、そんな小道具は一切用意されていない。ただ、舞台の床に寝転がっただけ。もちろんお坊さんの衣装や祭壇、木魚なども無い。というか小喜利自体、お金をかけて小道具を用意することはない(ありものの延長コードなどは使うことはあるが。かつてのつよっしーなどぐらいか)。上記文章で書いたセグウェイも実際に舞台に登場したわけではない。すべて身体一つで表現する。それが小喜利のおもしろさでもある。

あまりここで書くのもなんだがなと思ったが、あの日、報道陣を入れたことからも、あの日の公演は吉本としてもフィーチャーしたい、斉藤さんはもちろん、あわよくば、剛軍団の若手たちを売り出したいという思惑があったことは想像に難くない。それを彼ら自身が、ネタの選定を間違ったことで、テレビではほぼ流れないという事態に陥り世にフィーチャーされるチャンスを潰しただけではなく、ジャニーズに対して謝罪を入れることになってしまった。おそらく、彼らは吉本のマネジャーからもおしかりを受けたことだろう。その後もあちこちで同ネタを披露したというのなら問題視してもよいが、同ネタはもちろん、堂本剛軍団なるものも封印されている。何の問題があるのか。もうしっかり制裁は受けたと思われる。

それなのに31日の小喜利を見てもいない(1次情報を持っていない)悪意を持った人が話をねつ造し、その2次、3次、4次…と悪意による妄想が膨らんだ情報を元に批判する。その行為が本当に正義だと思っているだとすれば、頭が悪いとしか言いようがない。それとも嘘・ねつ造によって人を陥れていることを喜びを感じているサイコパスなのか。ここまで丁寧に書く必要は無いかと思ったが、参加した(1次情報を持っている)ものの責任として正しい情報を追記しておく。