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3年ぶりに「Endless SHOCK」を鑑賞した

2月23日、3年ぶりに堂本光一さんがライフワークとしている「Endless SHOCK」を観に行った。本当はその前に、東京国立博物館で開催されている「特別展 春日大社 千年の至宝」も鑑賞する予定だったが、仕事が終わらず、SHOCKだけを観に行くことに。

友達と有楽町で待ち合わせたのは15時。17時半開場には時間があるので、読売新聞本社で開催されている「SHOCK 記事展」を観に行くことに。どのくらい人が来ているのかよくわからなかったが、同本社で働いている友達の家族の情報によると、「平日は空いている」ということだったからだ。確かに記事の前にとどまって読んでいる人はいたが、後ろから写真は見えるし、誰もとどまっていない記事もたくさんあったので、スイスイと奥の写真が撮影できるビッグパネルの前までたどり着くことができた。

で奥の等身大サイズと言われているパネルだが、真横に立つとやはり光一さんがでかすぎて、少し前に立って、2ショットとなるべく撮影。空いていたので、いろいろ撮影で遊べてそれなりに楽しんだ。

そうこうしているうちに、時間は16時近くとなり、そこから軽くご飯を食べようと帝国劇場方面へと戻ることに。帝国劇場の周辺ではあまり食べるところがないという判断で、丸ビル5Fの「椿屋茶房」へ。「昼下がりのお食事4点セット」をチョイス。ポルチーニ茸のスープとトマトクリームのシーフードカレー、サラダ、ドリンク(コーヒー)がついて1530円だったかな? おいしくてお得なセットでだった。

で、お腹がいっぱいになったところで、一路帝劇へ。今回も2階席だが、比較的真ん中に近かったこと、通路のすぐ横の席だったので、開演ギリギリだったが、迷惑をかけることなく着席できた。

今回で3回目。1回目は1人で見たからか、事前に勉強していったにもかかわらず、話の意味というか舞台の意図がわからず(12年)、14年に見たときは、友達と一緒だったからか、多少楽しめたものの、やっぱり話がよく見えなかった。そして今年、やっぱり話はよくわからない。

ストーリーをわかりやすくしたと光一さんは言っていたがが、初見の人でストーリーを理解できる人はそうそういないと思う。友達はいつ刀が本物になって切られて死んだか、わからなかったと言ってた(後ほど、屋良さんが解説したのでようやくそこでわかった)。1階の前方席で見ると違うのかも知れないが、この間の席だと、血が飛び出る様子もあまりよく見えなかったから、余計かも知れないが。遠いと一人ひとりの演者の細かい表情なんて見られないので、わかりづらい。

いくら事故とはいえ、観客の目前で人が死んでいるのに、そのまま「Show must go on!」ってどうなんだろうというのがすごく気になった。なんか何があってもショーを続けるんだということをテーマとするには、他にもっと適切な材料があるような気がする。人の生死よりもショーが大事?? 現実にはパネルが倒れてけが人が出た時点でその日のショーは続けられなかったのだから。。。そこがあまり感情移入できないところかもしれない。

関ジャムの中で、光一さんが「1幕で死ぬことにして、観客もどうなるんだろうとハラハラさせたかった」というようなことを話していたが、そういう脚本に彼がしたというのなら、もうみんな死ぬことがわかっているので、そこを死なないように変えてみるというのはどうなんだろう。。。そしたらまったく違うEndless SHOCKになっちゃうけど。でシェイクスピア(喜劇)につなげていったり、、、それもワクワクするような。音楽も一新するから、大変すぎるかな。ショーの名前は一緒だけど、まったく新しい舞台。でもみんな、悲劇が好きなのかな~?

まあ、関ジャムでジャニーさんの舞台は言葉のわからない人でも楽しめるようというように、その部分も多少は踏襲していると思うので、あまりストーリーのことを深く考えずにパフォーマンスを楽しむのがSHOCKなのかもしれないと思った。

あと、そんなに回数は見ていないけど、キラキラ感は宝塚を感じた。もう亡くなったけど、タカラジェンヌ(ダンス専科)だった祖母がSHOCKを見たら、なんと言っただろう? そんなことがふと頭に浮かんだSHOCKだった。